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京都地方裁判所 平成4年(ワ)2549号 判決

原告

伏見運送株式会社

右代表者代表取締役

奥村眞一

右訴訟代理人弁護士

松葉知幸

被告

京都市

右代表者市長

田邊朋之

右訴訟代理人弁護士

崎間昌一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金一五五万七五五三円及びこれに対する平成四年四月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四五九万一八四六円及びこれに対する平成四年四月二九日(不法行為の日の翌日)から支払済まで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の管理する道路を走行中の車両が、道路に新幹線軌道の橋桁がはみ出していたため、これに衝突した事故につき、右車両を所有する原告において道路の設置・管理に瑕疵があるとして、被告に対し国家賠償法二条一項に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一争いのない事実等

1  原告は、運送業を営む株式会社であって、大型貨物自動車(車両番号・滋賀一一き〇〇〇〇、以下「本件車両」という。)を所有しており、田中春雄こと田中春夫(以下「訴外田中」という。)は原告の従業員である(〈書証番号略〉)。

2  訴外田中は、平成四年四月二八日午前九時一〇分ころ、本件車両を運転して京都市道久世六六号線(以下「本件道路」という。)を南から北方向へ進行中、京都市南区久世殿城町二三二番地先路上(以下「本件事故現場」という。)において、道路上に約1.1メートルはみ出している新幹線軌道橋桁(以下「本件橋桁」という。)に本件車両荷台前上部を衝突させ、右衝突により本件車両荷台が破損した。

3  本件道路は、地方自治体である被告が開設し、管理する道路である。

二争点

1  本件事故現場付近の本件道路につき、被告による設置又は管理に瑕疵があるといえるか。

(原告)

本件橋桁は、約1.1メートル道路側にはみ出し、かつ、路面からの高さは橋桁先端部分で約3.64メートル、橋脚面に接する部分で約3.3メートルしかない。そして、本件橋桁には、以前にも車両が衝突ないし接触したと思われる痕跡が多く認められるのであり、これらに照せば本件事故は公の営造物たる本件道路の設置・管理に瑕疵があったために生じたものであることは明らかである。

(被告)

本件橋桁の道路へのはみ出しは、道路設計・施工上やむをえない事情によるものであるし、また本件橋桁の接触痕は訴外田中運転車両の進行方向とは反対向きに進行中の車両によって生じたものと推測されるので、本件道路の設置・管理に瑕疵があるとはいえない。本件事故は、訴外田中において十分に前方を注意して本件橋桁の存在及びその位置・高さ等を確認して運転すべきであったのに、前方のバイクに気をとられて右の点の注意を怠ったことに専ら起因して発生したものである。

2  原告の損害額

3  原告側の過失の有無(過失相殺の当否)

三証拠〈省略〉

第三争点に対する判断

一国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境、及び利用方法等諸般の事情を総合考慮して個別的・具体的に判断すべきものであるところ、これを橋桁の一部が道路へはみ出している場合に道路が通常有すべき安全性を欠いていたかどうかが問題となっている本件に即して考えると、橋桁のはみしの構造・程度、道路の道幅、道路の交通量、通行車両の種類、本件現場での過去の類似事故発生の有無・頻度などを踏まえて、本件道路において発生が予想される危険(自動車が橋桁に衝突、接触する危険)があるかないか、及びその危険があるとすればそれを避けるために合理的かつ妥当な措置がとられていたかどうかを基準として判断するのが相当である。

二本件道路の瑕疵の有無を判断する前提となる事実関係については、前記争いのない事実に加え、証拠(〈書証番号略〉、調査嘱託の結果(第一、二回)、証人田中春夫、同谷川俊一)及び弁論の全趣旨を総合すると、

1  本件道路は、もともと新幹線建設のための工事用道路であったが、右工事の完了にともない旧日本国有鉄道と被告との間で道路用地の交換をした上、昭和四九年三月一四日被告において道路区域指定をなし、以後被告が管理するものであること

2  本件事故現場においては、将来新幹線を横断して都市計画道路が造られる予定になっていたことから、道路予定部分の橋脚の間隔が他の部分よりも開いてしまうため、上部の新幹線軌道を支えるために該当箇所の橋脚を他の部分より大きな構造にせざるをえなかったこと

3  本件事故現場付近の具体的状況は、別紙「事故現場見取図」のとおりであるが、道路中央線の表示はないこと

4  本件橋桁は、本件事故現場において約1.1メートル道路側にはみ出し、また路面からの高さについては橋桁先端部では約3.64メートル、橋桁付近で約3.3メートルしかないこと

5  本件事故現場付近には工場等が多数存在し、このため常時かなりの交通量があって大型車の往来も少なくないので、反対方向への通行車両や通行人がいる場合には車両は路肩ぎりぎりに寄って進行する状況であること

6  本件事故は、訴外田中運転の本件車両が南から北方向に向って本件道路を進行していた際、本件事故現場において進行方向右側に存する橋桁はみ出し部分に車両荷台の右隅を衝突させたものであること

7  本件橋桁の先端部分には、車両が衝突ないし接触したと思われる痕跡が多数認められること

8  本件事故発生後、被告は、本件橋桁に黄色いテープを貼付するとともに、同所付近に高さ制限の標識を設置したこと

以上の各事実が認められる。

なお、右7認定の事実に関し、〈書証番号略〉(報告書)及び各調査嘱託の結果によれば、京都市建設局では本件道路の供用開始以来本件橋桁に車両が衝突・接触した事故の報告を受けたことはないこと、本件事故現場を管轄する向日町警察署でも本件事故発生前一年間において本件橋桁に車両が衝突・接触した事故の届出はないことが認められるのであるが、衝突車両等の運転者が道路管理者や警察に必ずしも届け出をしないことも十分考えられるところであり、〈書証番号略〉によると、本件橋桁先端部には車両による多数の衝突ないし擦過痕が存することは明らかであって、〈書証番号略〉及び各調査嘱託の結果は前記認定を覆すに足りるものではない。

三右一及び二に述べたところを前提として本件道路の設置・管理に瑕疵があったか否かについて考えるに、右二において認定した本件事故現場付近の本件道路に関する諸事情、とりわけ本件橋桁はそこだけ道路側に約1.1メートルはみ出しており、路面からの高さも橋桁先端部で約3.64メートル、橋脚との境部分では約3.3メートルしかないこと、本件道路は大型車を含めて相当交通量が多いのに幅員は約4.9メートルしかないところ、車両が北方向へ向う場合本件事故現場の約一〇メートル手前西側に電柱があるため、車両の運転者は本来道路左側を走行すべきではあるが、右側(東側)にハンドルを切らざるをえない状況であること、そして道路中央線の表示はないこと、本件橋桁先端付近には多数の衝突・擦過痕が残っていることからすれば本件事故発生前にも類似の事故が発生していたものと推認されること等の諸点に照せば、本件道路において通行車両が本件橋桁に衝突、接触する危険は低くなく、その危険を防止する措置としては、本件橋桁付近にその旨の標識を設置するか、橋桁部分に目立つ色の表示をするなどの方法をとることが必要であった(しかもこれは比較的容易になしうることである。)のに、被告はこれを怠ったものといわざるをえない。従って、本件道路は公の営造物として通常有すべき安全性を欠いていたものというほかなく、本件事故は右瑕疵によって発生したものであるから、本件道路の管理者である被告は国家賠償法二条一項に基づき原告が被った損害を賠償すべき責任がある。

ただ、被告は、本件事故の原因は専ら本件車両を運転していた訴外田中の前方不注意によるのであり、仮に、被告において本件橋桁の手前に標識等を設置していたとしても本件事故の発生は防げなかった旨主張するところ、確かに後記四、2記載のとおり、訴外田中にある程度の過失があったことは否定できないけれども、他方において、本件全証拠によっても同訴外人の運転が著しく交通法規を逸脱した異常ないし無謀なものであったと認めることはできないから、本件事故の発生が訴外田中の前法不注意のみに起因すると断定することはできず、従って右の点をもって本件道路が通常有すべき安全性を欠いていなかったと評価すべきでもない。

また、被告は、本件道路開設の経緯に鑑みると、本件橋桁が道路側に一部はみ出していることは、道路設計・施工上もやむをえない事情が存すると主張するが、そうであるにしても前述したとおり、右はみ出し部分へ車両が衝突、接触する危険には高いものがあって、被告にはその防止義務が認められ、しかもその防止措置は比較的容易にとることができるというのであるから、被告の右主張は失当である。

四そこで、損害について検討する。

1  証拠(〈書証番号略〉、証人谷川俊一)によれば、原告は本件事故によって破損した本件車両の修理代金として金二六七万八二四七円を出捐したこと、本件車両については事故発生の平成四年四月二八日から修理が完了して原告がその引渡しを受けた同年六月二五日までの間、いわゆる休車損害が生じたものと考えられるが、これを事故前三か月間における同車両による売上額を基に一日平均の売上額を算出し、それより燃料費・諸経費の一日平均額を控除する方法で算定した休車損害額は、金一五一万三五九九円となることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

なお、休車損害に関しては、事故前三か月の売上高を基礎としている点につき少なくとも事故前一年分の数字を基礎とすべきではないかが問題となり得るけれども、証人谷川俊一の証言によれば、一年分の数字によっても原告の試算と余り変らないと思うというのであり、原告の試算方法が不合理とまではいえないから、この点も右認定を覆すに足りるものではない。

2  次に、被告主張に係る過失相殺について判断する。

証拠(〈書証番号略〉、証人田中春夫、調査嘱託の結果(第二回))及び弁論の全趣旨によれば、本件事故現場付近の本件道路は直線で見通しは良いこと、事故の発生は午前九時一〇分ころであり、また当時の天候は晴れであったこと、本件車両は大型のものであって運転席は普通乗用自動車よりも高い位置に設けられているので、本件橋桁のはみ出し部分の発見は比較的容易であること等の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。

なお、事故の態様に関して原・被告間に争いがあるのでここで検討しておくと、原告は、訴外田中が本件事故現場手前の電柱を避けるためハンドルを右に切った後、すぐにハンドルをもとに戻したところ、前方左側を南下してくるバイクをみつけたので、これと接触する危険を回避しようと再びハンドルを右に切った途端、本件橋桁に衝突したと主張し、証人田中春夫の証言中にもこれに沿う部分が存する。しかしながら、調査嘱託の結果(第二回)によると、事故直後作成された物件事故報告書には訴外田中のいうバイクは本件車両と同方向に走行していたような記載があり、これと矛盾する田中春夫証言を全面的に採用することはできず、他にこの点を明確にする的確な証拠もないので事故の具体的態様についてはやや不分明な点が残るものといわざるをえない。ただ、訴外田中が自車の左側を走行するバイクを避けるために道路右側に寄ったのだとしても、右に認定した当時の気象、道路条件等に照せば、いずれにしても訴外田中が橋桁への衝突を回避する可能性は十分にあったものというべきであるから、このことが原告側の帰責事由を軽減するものではないと考えられる。

右に述べたところを総合して考えると、訴外田中には大型貨物自動車の運転者として前方を注視して本件橋桁に衝突しないよう運転すべき注意義務が存したのに、同訴外人はこれを怠った過失があったものといわざるをえないが、訴外田中が原告の被用者であり、本件事故当時その職務の遂行中であったことは当事者間に争いがないから、訴外田中の過失は原告の過失と同視して評価すべきものである。そこで、本件道路の管理の瑕疵の性質・程度、本件事故の態様、原因、そのほか本件に表れた一切の事情を総合勘案すると、原告側の過失は七割と認めるのが相当であり、前記損害額からこれを控除すると、被告が賠償すべき財産的損害は金一二五万七五五三円となる。

3  原告が、弁護士である本件訴訟代理人に本訴の追行を委任し、かつ、報酬の支払約束をしたことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、認容額等に鑑みれば、本件事故と相当因果関係を有するものとして原告が被告に請求しうべき弁護士費用の額は、金三〇万円とするのが相当である。

五以上の次第であって、原告の本訴請求は損害賠償金一五五万七五五三円及びこれに対する不法行為の後である平成四年四月二九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第六民事部

(裁判官角田正紀)

別紙事故現場見取図〈省略〉

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